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マンガ・トラクト制作記 久藤 美津江 Mitsue Kudo |
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わたしが初めて教会へ行ったのは、中学を卒業したばかりの春休みのことだった。白い木造の教会で初めて耳にした聖書のおはなし。あの十字架にかかったイエス・キリストがわたしと個人的にかかわりがあると知ったときは本当に驚いたものだった。でもその日、素直にイエス・キリストを自分自身の罪からの救い主と信じて、わたしのクリスチャン生活はスタートした。教会の人たちは優しいし、日曜学校で友達もでき、わたしは日曜ごとに教会に通うことをとても楽しんでいた。 ![]() ところが、一年半が過ぎ高校二年の秋頃になると、心の中に小さな疑問がうまれてきた。学校の授業で習うことと、日曜学校で聞く聖書のおはなしが、どうも食い違う。 わたしは生物の授業が好きだったので、それだけは結構身を入れて勉強していた。それによると地球が誕生したのは46 億年前で、アメーバのような単純な生物から少しずつ進化して、人間のような複雑な生物になってきたという。以前から進化論の話しはよく耳にしていたが、くわしく勉強してみると、なかなか説得力がある。生命の源となる原始の海、雷などの放電による最初の生命の誕生、魚類、両生類、は虫類、鳥類、ほ乳類と長い長い時間をかけて少しずつ進化してきた生物たち。イメージも描きやすいし、生命の壮大な物語にロマンすら感じてしまう。しかもこの物語は自然選択とか、突然変異などの、いかにも科学的な言葉を使って語られていた。科学用語というのはそれだけで、話しを本当だと思わせる力があるものだ。 一方、日曜学校で聞く天地創造のお話しは、聖書に書いてある創造の順番どおりに描かれた絵を使って教えられた。太陽や星、動物や花、アダムとエバの絵は、確かにわかりやすくはあったが、科学的な説明はいっさいなし。ただ「神様がこのように天地万物を造られたと聖書に書いてありますから、その通り信じましょう。」と、いたってシンプルな教え方だった。 ![]() もちろん、だれも日曜学校の先生を責めることはできない。当時は教師自身が創造について学ぼうにも、何の資料もなかったのだから・・・ どうしても、わたしは納得できなかった。現在の世界ができあがるのに、進化論は46 億年かかったといい、聖書はたったの六日間だと言う・・・。神による創造を納得させてくれる説明はどこにもなかった。確かに、聖書のすべてを理解して納得するなど無理な話だろう。また、神による創造を何の疑問も抱かずそのまま信じられる人もいるだろう。でも、少なくともあの時のわたしには「聖書に書いてあるから」という以外の説明が必要だったのだ。 「初めに、神が天と地を創造した。」という聖書の一番最初の言葉を信じ切れなくなった時、わたしはそれに続く聖書のすべての言葉も信じられなくなってしまった。神の天地万物の創造を疑うということは、イエス・キリストの処女降誕も、十字架のあがないをも疑うことであった。神の存在そのものを信じられないということを意味していた。もはや、わたしは続けて神を信じ、教会に通うことはできなくなってしまった・・・。 ところが不思議なことに、わたしが教会を離れていたちょうど同じ時、一九七八年一月、宇佐神先生が「聖書と科学社」を設立され、日本で初めて科学的な創造論の研究誌が創刊された。その「発刊の辞」を読んだとき、「ああ、これはわたしだけの問題じゃなかった。進化と創造のことに疑問を持っていたのは、わたしひとりじゃなかったんだ!」と、深い安堵と、ワクワクした感動を感じたことを覚えている。 問題が解決したわけではないけれど、私はもう一度神様のことが知りたくて教会に行き始めた。 同じ年の夏、高校生活最後の夏休みを宣教師のアメリカの家で過ごし、そこで目にしたのはICRなどの創造論に立つ科学者団体の活発な活動だった。 彼らは学校に働きかけ。授業で創造論も教えられるようにしようとしていた。日本の状況とのあまりの差に、ただ驚くばかり。アメリカでは創造科学の働きはこんなにも力強く行われているのかと勇気づけられた。そして、自分も進化と創造の問題をもっと真剣に追求してみようと決心した。 帰国した翌日、二学期が始まると勇んで進路指導室に向かった。それまで英語の専門学校に行こうと決めていたので、大学進学など考えたこともなかった。時はすでに高3 の9 月。共通一次にはもう間に会わない。しかも数学が大キライなわたしは文系クラスで、数学3 をやっていない。四年制大学の理学部などには逆立ちしても入れない状況だったのである。それでも不安は少しも感じなかった。むしろ、そんな八方ふさがりの中で、神様がどのような道を開かれるのかとワクワクしていたのを覚えている。 当時、生物学科のある大学は少なかった。神様はわたしにぴったりな大学を家から30 分の所に用意して下さっていた。数学3をやってなくても受験でき、しかも生物学科は推薦入学ができるという。さっそく担任の先生に推薦状を書いてもらった。(生物の先生だったからか、文系クラスなのに反対もせずに書いて下さった。)そして、推薦入学の試験を受けてめでたく合格!・・・この試験で落ちて、本試験を受け直して入ったという人たちがいたことを後で知り、本当に神様がわたしのために道を開いて下さったのだと確信した。 大学で生物を学んで驚いたのは、すべての学科が「進化は事実である」という大前提から出発しているということだった。「進化は事実」とした上で、「どう進化したか」をさまざまな方面から研究しているのだ。 卒業が近づき、アメリカに留学しようか迷っていた時「専門家になって難しい研究をするよりも、だれにでもわかる資料を作る方が今は必要なんじゃないか?」と言ったのは、婚約中だった今の主人である。わたしもその必要は感じていた。聖書と科学社のはたらきで、「インパクト」などの創造論の資料も増えてきていたが、専門外の人には少し難しすぎるような気がしていたのだ。文系からいきなり理学部に入ったわたしにとって、「もっと簡単に、誰にでもわかる言葉で説明してほしい!」というのは、在学中いつも心にあった切実な叫びだった。難しいことを難しく説明するのは意外に簡単だが、難しいことを簡単に説明するのは、とても難しい。(早口言葉のようだが・・)その頃から子供にもわかるマンガで創造論のトラクトを作りたいという願いが、心に芽生えてきた。子供に理解できるということは、専門知識がなくても誰にでもわかるということだから。 そんなヴィジョンを持ちながら、ちょうど創造科学研究会が発足した年にわたしは結婚した。(ちなみに創造科学研究会のロゴマークをデザインしたのは主人です) 結婚してからも何度かマンガトラクト制作に挑戦し、いくつか試作品も作ってみたが、満足のいくものができないまま月日は流れてしまった。そんなある時、聖書を読んでいて「自分だけでやろうとせずに、たくさんの人の力を貸してもらえばいいんだ。」ということに気がつかされた。そして神様に祈り求めたとき、私の作った話を絵にしてくれる人、内容の科学的な面をチェックしてくれる人、中高生の興味を知るためのアンケートに協力してくれる人などたくさんの協力者を与えて下さった。マンガを描いてくれた中村姉妹は、日曜学校の高校生クラスで一緒だった人だ。絵が上手だったことを思い出し、6 年ぶりで電話をしていきなりマンガを描いてほしいと頼むと、ふたつ返事でき受けてくれたのには、こっちが驚いてしまった。もちろんグラフィックデザイナーの主人も、原稿の製版から印刷関係全般にわたって、プロとしての腕を活かして惜しみなく協力してくれた。(これは経済的にもとても助かりました・・)本当にたくさんの方々の協力を得て、8 月23 日に行われた創造科学研究会・一日セミナーのための資料が完成した。まだ試作品だが、長年の夢がやっとひとつの形になったマンガ・トラクトを手にして言葉に言いつくせない喜びを感じる。 このマンガ・トラクト1巻はもう少し手を加えてから、きちんと印刷、製本をして創造科学研究会を通して販売する予定です。 そして今後、化石やノアの洪水、D N A 、地球の年齢、などなど様々なテーマを取り上げ、2巻、3巻・・と一話完結の形で制作していきたいと考えている。このマンガトラクトの目的は、進化論を批判することでも、創造論をおしつけることでもない。いろいろな問題に対するデータを示し、進化論と創造論のそれぞれの立場から検討することを目的としている。どちらの説を支持するかを決めるのは、あくまでも読者本人である。今の日本には、進化論の情報はあふれているが、創造論の正しい情報はほとんど無い。そんな中で、この小さなトラクトが、あの時のわたしと同じような問題にぶつかっている人がもしひとりでもいたら、そのたったひとりの人のためだけにでも、このマンガ・トラクトシリーズを完成させたいと願っている。始まったばかりのこの小さな働きを覚えて祈っていただければ感謝です。 「どっちがホント?」現在6巻まで完成。 ご注文はクリエーション・リサーチまで |
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